「15分の距離で10万ウォンの肉が際限なく」…巨済の沖合、タラの冬
本格的な寒さが始まる12月から2月にかけて、慶尚南道の巨済の沖合では、産卵のために集まる大型のタラを捕獲するための漁が活発に行われています。1981年から続く受精卵放流事業などの努力により、タラの漁獲量は増加傾向にあります。
本格的な寒さが始まる12月から2月まで、慶尚南道 巨済の沖合は、冬のシーズンを支える「タラ」を捕るために慌ただしくなる。産卵のために巨済に集まる大型のタラを捕獲するための、漁師たちの死闘が始まる時期だ。全国で最も大きなタラの漁場が形成されている巨済の沖合では、毎朝、近隣の漁場へとタラ漁に出る漁師たちの足跡が続いている。
「一歩間違えれば全て逃げてしまう」… タラを傷つけずに捕る「ホマン」漁法
EBSのドキュメンタリー映像によると、巨済 イス島の漁師たちは毎朝、近隣の漁場へとタラ漁に出る。漁のために船に乗って約15〜20分ほど走って到着すると、本格的な作業が始まる。彼らが使用する主な漁具は「ホマン」だ。ホマンは、イルグムル、ポイマン、ジャルグムルで構成されており、袋状の網の中にタラを閉じ込めて捕らえる方式だ。漁場に予め設置しておいたポマンを、数日後に引き揚げる方式で漁が行われる。
ホマンを使用する理由は、タラを傷つけずに捕るためだ。タラ一匹の重さが7〜10kgに達するほど大きいため、水圧と重さに耐えながら網を引き揚げる過程は非常に慎重を期す。映像の中の出演者は「一歩間違えれば網が破れて、タラが全て逃げてしまう可能性がある」と緊張感をあらわにした。特に巨済では、小さな魚を避け大きな魚だけを捕るために、網の目の間隔を広く設定する。このように捕れたタラの中でも、「スンノム」と呼ばれる雌は身が詰まっており、香ばしい「イリ(精巣)」が豊富で人気が高い。時には体長が1メートルに達する巨大なタラが上がってくることもある。
一方、巨済では約70隻の漁船がホマンの許可を受けて漁を続けている。刺し網を使用する場合、魚の喉に骨の跡が残ることがあるため、力はよりかかるとしてもホマンを好む傾向がある。漁の最中には、タラの他にムルグチのような他の魚種が網にかかることもあるが、冬の巨済の漁師たちにとって、タラ以外の魚は歓迎されるというよりは不審な客に近い。
1981年から始まった「受精卵放流事業」がもたらした漁獲量の増加
かつては種が尽きたと言われるほど漁獲量が低迷していたタラだが、最近では毎年冬の漁獲量が着実に増加する傾向にある。これは1981年から始まった「タラ受精卵放流事業」の結果であると分析されている。雌の卵巣と雄の精巣を抽出して人工受精卵を作り放流するこの事業を通じて、放流された受精卵が3〜5年後に成魚へと成長し、再び巨済の沖合へと戻ってきているのだ。
水産資源の回復のためのこうした努力とともに、持続可能な漁業のための制度的な装置も用意されている。毎年1月15日から一ヶ月間、禁漁期を定めて漁獲量を制限し、タラの資源を保護している。冬の一シーズンの漁で一年の海の豊かさが決まるだけに、漁師たちにとってタラは「一生共に歩むべき貴い存在であり、人生の伴侶」のようなものだ。
「捨てるものが一つもない」… ご飯泥棒へと変身するタラの変身
漁と同じくらい激しい場所は、港の処理作業場だ。一日に数百匹ものタラを処理しなければならないここは、まさに「戦場」だ。タラは非常に骨が硬くサイズも大きいため、ハンマーを動員して処理しなければならないほどだ。作業場では一日に600〜700匹分の物量をこなさなければならない時もあり、一箱に10kgに達するタラを絶え間なく運ぶ過酷な作業が繰り返される。
処理されたタラは、用途に応じて異なった加工がなされる。鰓(えら)と内臓を除去した後、約十日間から十五日間ほど乾かせば「コンデグ(干しタラ)」になる。干しタラは巨済で祝宴の席や祭祀の膳に上がる貴い食べ物だ。また、腹を割らずに内臓を抜き、塩を入れて3ヶ月間乾かす「ヤクデグ(薬タラ)」も作られる。薬タラは腹を割らずに内臓を除去しなければならないため、熟練した技術が必要とされる。
タラの部位別の活用法は無限大だ。澄んだスープのタラ汁から、ピリ辛のタラ蒸し、厚い身を揚げたタラフライまで、多様な料理が可能だ。特に香ばしいタンパク質が豊富な「イリ」と大きな卵は、味付けをして「デグアルジョ(タラの卵の塩辛)」にされるが、これは塩気のある味わいでご飯泥棒の役割を十分に果たす。また、赤色を帯びた鰓も、塩に漬けて味付けした「アガミの塩辛」として作られる。タラは内臓でアワビが見つかるほど豊富な餌を食べて育ち、部位ごとに捨てるものが一つもない貴い食材だ。
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