「ディスクは風邪に似ている」…2016年にKBSが告発した実損保険の過剰診療
KBSの番組「時事企画 窓 - お客様、実損保険に入りましたよね」が、一部の病院と患者による実損保険を巡る実態を告発している。過剰診療が国民医療の安全網である健康保険に与える影響や、病院による不適切な情報提供の問題を浮き彫りにした。
実損保険を巡る一部の病院と患者たちの実態を告発したKBS「時事企画 窓 - お客様、実損保険に入りましたよね」編が、YouTubeチャンネル「KBSドキュメンタリー」に上がっている。2016年3月22日に放送されたこのプログラムは、過剰診療が国民医療の安全網である健康保険にどのような影響を及ぼすかも照らした。投稿者は、2016年に制作された映像であるため、現在の状況とは異なる可能性があると明らかにしている。
放送は、病院の職員と患者がお小遣いの話を交わす不審な会話から始まる。放送に登場したある人物は、賭け金は消費者がすべて負担するのに、お金は保険会社と病院がすべて持っていく構造であり、消費者がいわゆる「カモ」にされているのだと説明した。
17年目の整形外科専門医が語った「医師の嘘」
水原のある関節・脊椎病院で働く17年目の整形外科専門医は、一部の過ちによって医師と患者全体の信頼関係が壊れるのを防ぎ、正しい診療を行う医師を患者が簡単に見つけられるようにするためにインタビューに応じたと明らかにした。彼はディスク治療において最も基本は薬物療法と休息であり、その次が注射治療、その次が手術であると説明した。また、医師が持つ正確な情報を患者に伝えれば、患者は常に正しい選択をするが、お金を望ましくない方法で見る病院は偽りの情報を与えるため、患者たちは区別できないと指摘した。いわゆる「医師の嘘」である。
彼が働く病院には、首・腰のディスクなど各種の関節、特に腰の患者が列をなした。放送によると、脊椎疾患の患者は年間1,200万人を超えるほどであり、高齢化社会になれば退行性疾患である関節・脊椎疾患は増えるしかない。取材チームが最前線の病院で実際に使われている治療法を集め、健康保険の適用有無で分けてみたところ、8割程度が高額な非保険治療法であった。脊椎疾患は日本よりも人口比で手術が3〜7倍多いという指摘も出たが、最大の理由としては専門病院が多く誕生し、供給が増えた点が挙げられた。
過剰医療論争に巻き込まれる治療法も継続して増えていた。放送では、2007年に盛んに広告されていた高周波熱治療術が、不満や非難が多くなった後、新しい機能を加えて実損保険と共に再び現れているという指摘が出た。ある専門医は、大学病院の教授である同僚も、今行われている腰の治療が正確には何を意味するのかを知らない場合の方が多いと語った。
病院を10数か所回ってみると、まともに診てくれたのは1か所ほど
取材チームは、平凡な50代のイム・ジスンさんと共に病院を訪れた。検診の結果、イムさんは肥満と高血圧以外には特筆すべき疾患は確認されなかった。イムさんは一週間の間にソウル、京畿道、仁川の病院10数か所で診療を受けたが、病院ごとに、まずは高額な検査をしようとするほぼ同じ過程が繰り返された。
イムさんは10か所ほどの病院を回ったが、そのうち1か所ほどしかまともに診てくれなかったようだと語った。その病院は、神経学的に麻痺症状がなく排泄も正常であり、ディスクは自然に好転する病気であるため、物理療法を先に勧めるという診断を下した。取材陣が身分を明かして所見を尋ねると、この医師はディスクは風邪に似ていると説明した。非常に特殊な合併症が生じた場合には手術をするが、ほとんどの風邪を症状中心に治療するのと同じだというのだ。一方、イムさんは残りの病院はすべて、痛くないのに痛いように話すため、信じられなかったと伝えた。
イムさんによれば、ある病院はまず手術の話を持ち出した後、施術の話をし、すぐに手術はできないと言うと、まずは注射だけでも打つべきだと勧めた。イムさんは5分もかからずに終わったこの注射が30万ウォンだったが、自分にはあまり効果がなかったようだと語った。リハビリ治療を複数回のパッケージとして案内する病院もあった。
実損保険があれば高額な治療も問題にしない
過剰医療が減らない理由として、放送は実損保険を指摘した。実損保険があることで、高額な治療を問題にせず、高額な治療を受けて効果がなかったとしても問題にするケースが極めて稀だというのだ。ある専門医は、勧めなくてもよい治療を勧めたかどうかは医学的判断であるしかないため医師が評価すべきであり、最も重要なのは医師自身の良心であると語った。必ずしも必要なものではないのに、二次的な利益のためにそうするケースが一部の医療機関にあるかもしれないという説明だ。また別の専門医は、一部の医師による過剰治療で被害を受ける人々は、高齢者や地方の人々のように医療人をよく信じてしまう人々であることが多いと述べ、残念さをあらわにした。
コメント 0